コピーライター花岡邦彦

花岡事務所 hanaokakunihiko@icloud.com

ローカル線の未来。

ローカル線が消える町に、
しあわせはくるのかね、


ぜったいに、きません。


それは、みなさん、
ほとんど、わかっているとは思います。


ローカル線は、演歌だ。


日本から演歌がぜったいに消えないように、
ローカル線も消えてはいけないのです。

ロックもジャズも、
わかってるような、わかってないような。
そんな人が多いと思いますが、
演歌はわかるとかわからないとかではなく、
日本人なら心地よいはずなんです。


理屈ではなく。ローカル線も同じです。


車窓から見える風景は、
日本人の心をくすぐるんです。

踏切だって、
カンカンカンカンの音は、
演歌の旋律です。

しかし、ローカル線だけの移動手段では
生活が成り立たないのも現実です。
都会の人にはわからない。
クルマがどれだけ必要かが。

ローカル線は、
1時間に1本走っていればいいほうです。

すごい線になると、
朝2本、夕方1本、以上!もあります。


買物、どうします?


急用ができたら、どうします?

 

クルマ、必要なんです。

だから、地元の人に、
あなたたちが乗らないからだめなんだ!
というのは、だめなんです。

その考え方だと、何にも解決できません。


クルマに乗ってても、
ローカル線が存続できる仕組みを
作らないといけません。


関東にも、
廃止を噂されているローカル線は
いろいろあります。

このまま時間が流れていけば、
消えてしまうはずです。


地元の方々は、廃止反対がほとんどでしょう。


だって、
日本人の深層心理風景には
鉄道があるからです。


山があり、田畑があり、
町があり、川があり、海があり、
鉄道がある。


これが、日本人が思い描く日本の風景ですから。


そのなかの、鉄道がなくなることは、
日本人の心情的にだめなのです。


しかし、現実をみると、
鉄道での移動はほとんどないのです、
ローカル線の地元では。

クルマがなければ、生きていけません。


鉄道を利用しているのは、
クルマの免許のない高校生とお年寄りと、
鉄道マニアだけです。


乗客の払う運賃だけでは、
ローカル線は運営できないのです。

だからといって、地元の人に、

乗りましょう!運動をしても、
それはむりです。


だったら、ローカル線を、
「実家」だと、思おう。


何を言っているか
わからないかも知れませんが。

「実家」は、
ちょっと面倒くさいです。

自分のルーツの通過点が実家にはある。

ある時期、実家にはよりつかなくなる。

父がいて、母がいて。
もしかしたら、
おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて。

近すぎる関係がわずらわしく感じてしまう。

距離をとりたくなる。
きらいなわけじゃない。

でも、うとましい。

電話をすればいいのに、しない。
忙しかったと、自分にもいいわけする。
電話をかけられないほど忙しいことなんて、
この世にはない。

しかし、実家は、年をとる。

老いる。

切なさがこみあげてくる。

泣きそうになる。

いや、泣く。
ぜったいに、泣くね。

抱きしめたくなる気持ち。

顔を見せに、顔を見に。

実家ってそうだ。

ローカル線は、
実家の父であり母であると
思ってみる。

行かないわけにはいかない。
帰らないわけにはいかない。

自分が行かなくなったら、
自分が帰らなくなったら、

だから行く。だから帰ろう。

ローカル線も、そうだ。

 

ローカル線が存続できる仕組みを
作らないといけない。

むずかしいかもしれないけど、

考えなきゃ。動かなきゃ。
そんなに時間はありません。


花岡邦彦
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